自分の人生を生きられなくなった時は

自分の人生を生きる

 

 前回の続きになります。

 

 自分の人生を生きる。繰り返しますが

 あなたの人生の主人公はあなただ。ということ。

 

 そんなこと急に言われても、できない。とか

 いや、脇役だけど。他人の引き立て役だけど。とか

 人生リセマラ失敗してハードモードだけど。とか

 何を言おうが、俺には関係のないこと。俺の心には響かない。

 

 などなど、どうしてもそんな気持ちが持てない。そんな人もいるでしょう。

 

 まずは、自分の人生を生きる。自分が主役になる。

 自分が自分の人生の主人公であると、しっかり認識することです。

 

 ここからは、どうしてもそんな気分になれない、という人向けに、自分の人生を生きるための考え方などを紹介します。

 慌てなくても大丈夫です。じっくりといきましょう。

 

 

具体的な対処法

 

 自分の状態は何となく分かってるけど、どうすればいいか分からない。

 

 そんな時におすすめの対処法は以下の二つです。

 

 ・思い描いたことを実行する

 ・自分の意見や主張を書き出す習慣をつける

 

 これだけです。この習慣は、遊びや趣味感覚でできるので、非常にオススメです。

 

 

 思い描いたことを実行する

 

 やることはとてもかんたん。

 自分で思い描いたことを実際にやってみる。これだけです。

 

 今日はこれしよう、あれもしようと、簡単な1日の計画を立てる時ってありますよね、それが実際に実行されない場合も少なくない、あれです。ヤッベ忘れてたw みたいな。

 

 何気ない、当たり前のことかもしれませんが、こういうのが非常に大事。

 

例えば、

 次の休み、まだ行ったことのないあの場所に行ってみよう。とか

 新しい趣味を始めてみよう。とか

 何のアテもないけど、とりあえずぶらぶら散歩しよう、とかでもOK

 

 できれば、まだやったことのないこと、行ったことのない場所へ行くことを経験すると、なおよいでしょう。

 

 自分の五感をフル活用して、いろいろな体験して、いろいろな経験を積む。

 自分で思い描いたことを、自分で責任を持って完遂する。

 

 こうすることで、自立心自我(能動的に何かをしようとする力)を育み、精神的に成長できると同時に

見て、聞いて、触れて、嗅いで、食べて飲んでと、いろいろな刺激を頭に与えてやることで、自分の人生を取り戻すことができる。

 

 いわば【眠っていた人生】を目覚めさせることができます。

 

 別に計画を立てなくても、突発的な感情でも構いません。自分で思い描いたかどうかが大事。

 

 逆の言い方をしましょう。

 

 今やっていることは、自分ではっきりと思い描いたことなのか。

 ということです。

 

 たまたま自分の近くにあったから、続けている。そういうのも、縁があったといえます。

 そういう関係を否定するつもりはありませんし、そういう縁から、素晴らしい人に育った、という実例も歴史上たくさんあります。

例えば、幼い頃に親から半ば強引に誘われた習い事を続けて、プロに上り詰めた、とか

 

 ただ、もし、誰かに思い描いてもらったものばかりをやっているのなら、気をつけなくてはなりません。

 これは、他人の指図通りにしか動かない人間になるというリスクがあるからです。

 

 やることはシンプル。自分で思い描いたことを自分で実行に移す。それだけです。

 

 

 

自分の意見や主張を書き出す習慣をつける

 

 とはいっても、なかなか実行に移せない。とか

 実行してるけど、なんか違う、これじゃない。とか

 どうしても家から出たくない。など

 思うように行かない場合もあるでしょう。

 

 そういう場合は、この方法がおすすめです。

 

 自分の意見や主張を書き出してみましょう。

 

 なんでもいいので、何かをやり終えたとしましょう。

 本当になんでも構いません。自分の好きなことでも、いつもの遊びであっても、例えどんなにくだらないと感じたものでもOKです。

 

 終わったら、感じたこと、思ったこと、意見、主張を、思いのまま書き綴ってみましょう。

 ノートでもいいし、パソコンのメモ帳でも、なんならスマホのメモでも構いません。

 

 そうです。日記です。

 

 あなたも一度は書いたことがあるでしょう、あの日記です。

 

 今さら日記なんて…と思った人もいるかもしれませんが、この日記を書くという習慣は、対処法として大変効果的なのです。

 なぜ効果的なのかというと、自分の主観で、意見、主張を好きなだけ、余すとこなく吐き出すことができるからです。

 

 自分の考えを紙に書き出したところで、頭の中身を紙に写すだけなんだから、何も変わらない。と思った人もいるかと思いますが、そうでもありません。

 会話と違って、相手に対して遠慮したり、合わせたりする必要がないため、自分の頭の中身だけでなく、自分の“心の声”も書き出すことができるからです。

 これは特に、あまり人に対して意見や主張をしない人ほど効果的です。

 

 心の声は、自分の中に存在するもう一人の自分みたいなものです。

 

 自分で昔に書いた日記を見て、「これ誰が書いたの?」という感想を持つことはよくあることですが、それに近いです。

 あるいは、寝る前に書いたノートを、起きた後に読み返してみたら恥ずかしくなったとか、そういうの。

 

 

 

 ただ淡々と1日の出来事を書いていくのではなく、その時の感情や心境、そして自分の意見、主張をできるだけ事細かに、そして、好きなだけ綴っていきましょう。

 

 別にこれは、他人に公開しなくてはならないというわけではありません。

 自分しか見ない感想文です。

 

 自分しか見ないところが大きなポイントで、どんなに恥ずかしいことを書いても、いかにぶっ飛んだ持論であっても、人に笑われたりすることはありません。

 

 今まで表に出せなかった感情や心境、面白おかしく表現した文章。

 そういった思い切った、自分の意見、主張が書けるということです。

 

昔から、読書感想文というものがあります。
あれは、本の内容を思い出しながら、自分の意見をアウトプットすることで、効率的に知識と、自分の意見や主張を育てることができる。
いわば、知識や情緒と一緒に、自立心、自尊心を育むことができる、大変合理的な勉強法なのです。

 

 国語などの教科書にはよく

~について考えてみよう。』とか

どうして~なのか。班で話し合ってみよう。

などという文言が見られます。

 

 あれも、同じ理由です。

 自分で考える力を養うと同時に、自立心、自尊心も育むことができるのです。

 

 

 

 そしてここが大切なのですが、いずれの場合も、100%自分の主観で書くこと。

 

 心境、考え、主張、意見などを、自分の主観で書くのです。

 

 

例えば、

 世の中はこのような意見が未だに根強く、とか

 SNSではこういう書き込みが多く見られ…、などという文言は、書く必要はありません。

 

 その理由は、これは自分の人生を生きるための訓練だからです。

 

 この訓練において、他人の意見を書く必要はありません。

 自立心、自我を育む訓練、とも言えます。

 

 こういった訓練をする習慣をつけることで、自然と、他人の人生を生きることは少なくなっていきます。

 

 

終わりに

 

 自分の人生のはずなのに、他人の人生を生きている。

 自分の意見が、いつの間にか持てなくなっている。

 

 自分の人生が楽しくないから、やる気、元気が出ない。

 

 という考えを持つくらいなら

 

 自分の人生は楽しくない。だから、自分の力で楽しくしよう。

 自分で思い描き、思い描いた通りに自由に生きてみよう。

 

 と考えた方が絶対にいいはずです。

 

 まずは、自尊心を持つこと。確固たる自分というものを確立させることです。

 

 なぜなら、最も尊いのは自分自身なのだから。